大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)16632号 判決

原告 エコー情報産業株式会社

右代表者代表取締役 堀米和智恵

右訴訟代理人弁護士 原口紘一

被告 潁原徹郎

当事者参加人 山田善明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  当事者参加人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中被告に生じた費用は原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二〇万円及びこれに対する昭和六三年五月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  参加請求の趣旨

1  原告と当事者参加人(以下「参加人」という。)との間において、参加人が別紙債権日録一及び三記載の債権を取り立てる権利を有することを確認する。

2  被告は、参加人に対し、一二二万四七五四円を支払え。

3  訴訟費用は原告及び被告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

四  参加請求の趣旨に対する原告及び被告の答弁

1  参加人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は参加人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、その経営状態が悪化したため、昭和六一年七月末ころ、弁護士である被告との間で、被告が原告の債務を整理する事務を処理すること(以下、単に「整理」という。)を内容とする委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結し、被告に対し、同年八月一日、着手金として一五〇万円を支払った。

2  原告は、昭和六一年八月一二日、被告に対し、本件委任契約を解除する旨の意思表示をした。

3  よって、原告は、被告に対し、本件委任契約の解除に基づき、別紙債権日録一及び二記載の債権を有するので、その支払を求める。

二  請求原因に対する被告及び参加人の認否

(被告)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、本件委任契約の解除の意思表示があったことは認める(ただし、右意思表示があったのは、昭和六一年八月一八日であった。)。

(参加人)

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  被告は、原告を清算する方向で整理を行うことを受任するや、昭和六一年八月一日、原告の代表取締役である堀米和智恵(以下「堀米」という。)とともに原告本社に急行し、従業員一同に対し、営業停止のやむなきに至った事情を説明し、同日をもって全員を解雇する旨告げた。そして、被告は、その日のうちに、原告の知れた債権者全員に対し、営業を停止して内整理に入った旨の通知を発送し、特に債務者に対しては、支払を留保するよう速達便で求めた。また、原告の従業員に失業保険その他の給付が受けられるようにするための手続等については、従業員中従来その種の事務を扱っていた者らを臨時に雇い入れ、その者らに行わせ、その費用は、被告が立て替えた。

2  同月二日以降も、被告は、原告の整理を精力的に進め、債権者会議のための会場の確保、債権者への通知及び非常貸借対照表の作成等の事務手続を細心の注意を払って行い、同月八日には、周到な準備と卓抜した手腕により最難関の第一回債権者会議を平穏のうちに乗り切った。また、被告は、債権者全員に呼び掛けて競売を実行し、動産類を処分した。

3  さらに、原告の本社事務所及び柏事務所で盗難が発生した際には、被告は直ちに中央警察署及び柏警察署に対し、然るべき手続をとった。

4  このように、被告は、本件委任契約の趣旨に沿った履行をしていたのであり、本件委任契約の終了は、原告の自己都合によるものである。したがって、第二東京弁護士会の報酬会規五条により、被告は原告に対し弁護士報酬の全額を請求することができるというべきであるから、着手金の返還義務はない。

四  抗弁に対する原告及び参加人の認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2のうち、第一回債権者会議が終了したこと及び被告が競売を実行して残存動産類を処分したことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4は争う。

五  再抗弁

1  被告は、左記のとおり、本件委任契約に基づく義務の履行に当たり、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理すべき義務を怠り、委任の趣旨に沿った誠実な履行をしなかった。したがって、本件委任契約は、被告の責めに帰すべき事由により終了したものである。すなわち、

(一) 堀米から一度も誠実に事情聴取することなく、事実関係を調査することもなかった。また、整理方針について、堀米と話し合うことなく、独断で整理を進めた。

(二) 原告の財産を保全するための対策をとらず、堀米が要請した事務所の鍵の回収もしなかったため、原告本社及び柏の事務所の備品類が盗難にあったが、適宜の対応をしなかった。

(三) 堀米が従業員の一部を整理要員として残すよう要請したにもかかわらず、従業員に対し、何の対策もないまま、全員解雇を通告した。このため、従業員らは、堀米に強い不信感を抱くに至り、その後の整理業務への協力を得られなくなった。また、「従業員も債権者だから、債権保全策は自分で取れ。」などと発言したため、一部の従業員の会社財産盗み出し行為を誘発するに至り、その後の整理を困難にさせた。

(四) 整理開始当時、約三五〇〇万円あった原告の売掛金債権の保全、回収のための措置を全くとらなかった。また、全従業員を解雇してしまったため、右回収に協力が得られなくなった。そのため、売掛金債権は、その後、差押えなどを受け、ほとんど回収できなくなった。

(五) 何の準備もしないまま、債権者会議を開き、杜撰な報告をしたため、債権者らの不信感を強めた。

(六) 堀米からの強い中止要請にもかかわらず、会社財産の競売を強行し、しかも、その売却額も極めて非常識な金額で処分した。

(七) 事務所内にあった決算書類等の確保を怠ったまま会社財産を処分したため、税申告(予定納税の返還請求など)が不可能となった。

(八) 堀米が喉の手術中であり、声が出せないので打合せのために書いた内部的な手書きメモをそのままコピーして債権者らに送付し、公表した。

2  着手金一五〇万円は、委任の趣旨に基づき誠実に事務を遂行することを条件に支払われたものであるところ、本件委任契約は右のように被告が誠実に事務を遂行しなかったという被告の責めに帰すべき理由によって解除されたものであるから、被告には右着手金一五〇万円を返還する義務がある。仮にそうでないとしても、右着手金は既に被告が遂行した事務の限度において精算されなければならず、本件において被告の行った事務の程度にかんがみると、被告の報酬としては三〇万円が相当であり、残る一二〇万円は精算金として返還する義務があるというべきである。

六  再抗弁に対する被告及び参加人の認否

(被告)

1(一) 再抗弁1(一)の事実は否認する。被告は、原告の整理を進めるに当たっては、その都度、堀米と相談して同意をとりつけた。堀米には発声不能という障害があったが、意思表示は筆談で明確にされた。

(二) 同1(二)の事実は否認する。抗弁3で述べたとおり、被告は、原告本社及び柏の事務所で盗難事件が発生した際、直ちに中央警察署及び柏警察署に対し、然るべき手続をとり、その後、担当官に会って捜査報告も聞いた。

(三) 同1(三)の事実は否認する。原告は、被告が何の対策もなく全員解雇を通告したと主張するが、給料を払う裏付けもなしに雇用を続けることが許されるはずもない。

(四) 同1(四)の事実は否認する。原告は、被告が売掛金の回収措置を全くとらなかったと主張するが、債権の存在の裏付けとなる資料が備っていてさえ、倒産会社からの請求に債務者は容易に応じないものである。しかも、被告の再三の督促にもかかわらず、堀米は、債権の裏付けとなる帳簿や伝票を被告に渡さなかったため、被告は、売掛金の回収措置をとることができなかったのである。

(五) 同1(五)の事実は否認する。原告は、被告が何の準備もせずに債権者会議を開いた旨主張する。しかし、そもそも、整理においては、会場の確保や債権者への通知という事務手続も細心の注意を必要とするが、被告は、このような事務手続を行ったほか、周到な準備と卓抜した手腕により債権者会議の混乱を回避したのである。

(六) 同1(六)の事実は否認する。原告は、被告が会社財産の競売を強行して非常識な価格で処分したと主張するが、債権者全員に呼びかけるという最も公明な競り売りの方法をとっているのであるから、その価格が非常識であるという非難は当たらない。

(七) 同1(七)の事実は否認する。

(八) 同1(八)の事実は否認する。原告は、堀米の内部的な手書きメモを債権者に配付したと主張するが、第一回債権者会議の直後、債権者の中から原告の倒産理由を代表取締役本人から直接聞きたいという要望があったので、被告は堀米に対し、そのような説明書を作成するよう伝えたが、堀米は、一旦は承諾したものの、なかなか説明書を書こうとしなかった。そこで、被告が堀米に対し、第一回債権者会議の開かれる直前に堀米が書いたメモのコピーをそのまま債権者に配付してもよいのではないかと示唆したところ、堀米は進んで同意したものである。

2 再抗弁2は争う。

(参加人)

再抗弁事実はすべて認める。

七  参加請求の原因

1  原告は、被告に対し、原告の請求原因記載のとおり、別紙債権目録一及び二記載の債権を有している。

2  参加人は、東京簡易裁判所昭和六三年(ロ)第一一八七号求償金支払請求督促事件につき発せられた仮執行宣言付支払命令正本に基づき、別紙債権目録一及び三記載の債権の差押命令を申請し(東京地方裁判所昭和六三年(ル)第四四〇六号)東京地方裁判所から債権差押命令の発令を得た。右命令の正本は、昭和六三年一一月一七日に債務者である原告に、同年一一月一日に第三債務者である被告に、それぞれ送達された。

3  よって、参加人は、昭和六三年一一月二四日の経過とともに、2記載の債権合計一二二万四七五四円を取り立てる権利を取得したので、原告に対し、参加人が別紙債権目録一及び三記載の債権を取り立てる権利を有することの確認を求め、被告に対し、一二二万四七五四円を支払うことを求める。

八  参加請求の原因に対する原告及び被告の認否

参加請求の原因2の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2 原告が本件委任契約の解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告の右解除の意思表示が被告に到達したのは、昭林六一年八月一八日であったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

三  抗弁について判断する。

抗弁1の事実及び同2の事実のうち、第一回債権者会議が終了したこと及び被告が競売を実行し、動産類を処分したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、昭和六一年八月一日、原告から整理を受任した被告が、直ちに堀米とともに、原告本社に赴き、既に堀米により召集されていた従業員らに対し、原告の営業を停止し、即時に従業員全員を解雇する旨を告げたこと、同日中に、被告が原告の債権者に対し、原告の任意整理の開始及び同月八日に第一回債権者会議が開催される旨の通知を発送し、原告の売掛先等に対しても、同様に任意整理が開始されたので原告に対する債務の弁済は直ちには行わないで欲しい旨の通知を発送したこと、同月一日から同月八日の債権者会議までの間、被告が、原告本社へ日参し、債権者らからの問い合せに対応する等の事務を行ったほか、三日間にわたり原告の元従業員ら三名に社会保険関係の残務処理を行わせ、その間の日当を立て替えて支払ったこと、同月八日、第二東京弁護士会館二階において、第一回債権者会議を開催したこと、被告は、右会議に先立ち、その会場の手配をしたほか、本件委任契約を締結する際に堀米が持参した資料等に基づいて非常貸借対照表を作成し、右会議に出席した債権者に配付したこと、右会議には、債権者側は四七名が出席したが、任意整理を困難ならしめるような事態は発生せず、原告の売掛金等の債権回収がほぼ終了すると見込まれる同年九月一〇日前後に第二回目の債権者会議を開催すること等が決議されたこと、債権者会議が終了した後、被告は、右会議の決議に基づき、原告本社及び柏の事務所において、動産類の競売を実行したこと(《証拠判断省略》)、同月一一日に堀米が警察署に赴いて原告の本社事務所等において発生した盗難事件に関して捜査を進めるように要望した際、被告がこれに同行したこと、以上の事実が認められる。

右認定によれば、被告は、原告を清算する方向で債務を整理するという本件委任契約の趣旨に沿った履行をしていたものと一応いうことができる。

四  そこで進んで、本件委任契約の解除について被告の責めに帰すべき事由があったかどうか(再抗弁)につき検討する。

1(一)  まず、原告は、被告が堀米から一度も事情聴取をすることなく、また、整理方針についても堀米と相談せずに、独断で任意整理を進めた旨主張する(再抗弁1(一))。

しかしながら、《証拠省略》によれば、被告は、任意整理を受任するに先立ち、堀米の持参した資料を検討した上、堀米から事情を聴取しており、右事情聴取の後、原告と被告との間では、原告の再建を断念し清算を行う方向で任意整理を行うという約定のもとに本件委任契約が成立したことが認められる。そして、その後、被告は、堀米との間で、個々の整理事務の処理方針について必ずしも打合せ等をする機会を十分設けたとはいえないが、委任契約の性質上、被告には、その専門的知識と経験に基づきその裁量により事務を処理する権限が与えられていたものというべきであるから、被告の行った事務の内容が本件委任契約の趣旨に沿ったものである限り、被告が右委任された事務の遂行につき堀米との間で十分打合せ等をせず、あるいは、堀米の意思に反する事務処理が一部あったとしても、そのこと自体が当然に善良な管理者の注意をもって委任事務を処理すべき義務の違反になるということはできない。

(二)  次に、原告は、被告が、事務所の鍵を確保する等の財産保全策を全くとらず、盗難の発生についても対処しなかった旨主張する(再抗弁1(二))。

なるほど、《証拠省略》によれば、被告は、原告の事務所の鍵を回収する等して動産を保全することに意を払わず、リース物件を含む盗難品についても、昭和六一年八月一一日に堀米とともに警察署に赴くまでは、格別、対応措置をとろうとはしなかったことが認められ、このことが、倒産に際し財産の保全を図るべき立場にある者の判断として適切なものであったかどうかについては疑問がないわけではない。しかしながら、《証拠省略》によれば、原告が倒産した昭和六一年八月一日当時の資産内容は、その大部分が債権であり、不動産の類はなく、リース物件以外の動産類は、総額五万円程度に見積もられる機械什器備品が存したにすぎないことが認められるのであって、このような原告の資産内容にかんがみると、右の被告の判断は、必ずしも不当とはいえない面もあり、直ちに被告が委任の趣旨に沿った履行を怠ったものということはできない。

(三)  次に、原告は、被告が、堀米の意思に反し、残務整理要員も残さずに従業員全員を解雇した等主張する(再抗弁1(三))。

しかし、原告が倒産により営業を停止し、給料を支払う裏付けがない以上、即時全員解雇をしたことは不合理な措置であったということはできず、その後、前示のとおり、被告が、原告の元従業員らに社会保険関係の残務整理を行わせ、その日当を立て替えて支払っていることにも照らすと、被告による右措置が委任の趣旨に反するものであったということはできない。

(四)  次に、原告は、被告が売掛金債権の回収措置を全くとらなかった旨主張する(再抗弁1(四))。

確かに、原告を清算する方向で整理を行う以上、早期の売掛金の回収が期待されるところではあるが、《証拠省略》によれば、被告が売掛先に照会した売掛金債権の内容と堀米の被告に対する記憶に基づく説明の内容とは相違している部分があり、堀米が被告に対し売掛金債権の存在及び内容を明らかにするような伝票等の書類を交付していなかったこと、売掛金債権の中には仕掛品が完成されない限り、回収が不可能なものも存していたことが認められる上、前示のとおり、被告が、受任したその日のうちに、売掛先に対し、任意整理に移行した旨の通知を発送し、売掛金が他の債権者により回収されないよう配慮していること、被告が、第一回債権者会議終了後九月一〇日前後までに右売掛金債権等の回収を終了する予定を立てていたと認められること、第一回目の債権者会議が終了するまでは任意整理についての原告の債権者らの意向も不明であったと考えられること等に照らすと、本件委任契約が解除されるまでの間、被告が売掛金の回収に具体的に着手していなかったとしても、やむを得ない面もあり、そのことが当然に委任の趣旨に反するものであったとまでは認められない。

(五)  次に、原告は、被告が何の準備をすることなく、債権者会議を開催し、杜撰な報告をしたと主張する(再抗弁1(五))。

しかしながら、被告が、委任した日の約一週間後に債権者会議を開催すべく、債権者に対する通知及びその会場の手配並びに当日配付された原告の非常貸借対照表の作成等の事務を行ったこと、債権者会議当日においては、任意整理を困難ならしめるような事態は発生せず、原告の売掛金等の債権回収の終了が見込まれる九月一〇日前後に第二回目の債権者会議を開催すること等が決議されたことは前示のとおりである。原告代表者尋問の結果中には、被告が作成した非常貸借対照表に記載された売掛金債権の金額等が真実に反するかのような供述部分があるが、右供述はそれ自体あいまいである上、前示のとおり右非常貸借対照表が堀米自身が持参提供した資料に基づき、しかも不良債権を除外する等の処理をして作成していると思われること等に照らすと、右供述部分はにわかに措信することができない。また、同尋問の結果中には、売掛金債権等の確認や回収についての被告の準備が不足していたために、第一回目の債権者会議が進展しなかった旨の供述部分があるが、この点については、前記(四)のとおり、被告の対応に委任の趣旨に反するところがあったということはできず、他に、被告による債権者会議の準備及び開催の手続が、原告の主張するような杜撰なものであったことを認めるに足りる証拠はない。

(六)  次に、原告は、被告が堀米の制止にもかかわらず、格安の値段で備品の競売を実行した旨主張する(再抗弁1(六))。

なるほど、《証拠省略》によれば、債権者会議が終了した後、堀米が、被告に対し、知人の板橋を通じて、原告所有の動産類の競売を中止するよう求め、同月九日の競売当日の午前中にも、中止を求めたが、被告は、債権者会議で決ったことであることを理由に、原告本社及び柏の事務所において、競売を実行したこと、右競売においては、コンピュータラック、椅子、スチール机二〇台等の物品が合計二万四四〇〇円で競落されたことが認められ、これに反する証拠はない。

しかしながら、《証拠省略》を総合すると、当時、備品等の処分について、他に有利な方法があったわけではなく、被告は、前示債権者会議の決議に基づき、原告の賃借している事務所等を速やかに明け渡し、原告が差し入れていた保証金等の返還請求権の保全を図る必要があるとの判断に基づき、右競売を実行したことが認められ(これに反する証拠はない。)、右判断及び競売の実行は、委任の趣旨に反する不合理なものとはいえないし、前示の原告の資産内容にかんがみると、右判断に基づき中古の机等の備品類を右のような値段で売却したとしても不当とまではいえない。

(七)  なお、原告は、右競売の実行により重要な決算書類が紛失したとも主張し(再抗弁1(七))、原告代表者尋問の結果中にはこれに沿うような供述部分があるが、右主張及び供述は、紛失書類の内容及び種類等について具体性を欠く上、堀米が競売当日の午後に作成したメモにも右重要書類の存在は明らかにされていないことに照らすと、右供述部分は、にわかに措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

(八)  最後に、原告は、被告が承諾なしに、堀米の手書きメモをそのままコピーして債権者らに送付し、公表したと主張する(再抗弁1(八))。

確かに、《証拠省略》によれば、被告が堀米のメモを同人の承諾なしに債権者に発送したことが認められ、被告の右措置には軽率な面があったことは否定することができない。しかし、被告が、右メモを発送した趣旨は、債権者会議の冒頭で述べるべきであった堀米の「お詫びの言葉と倒産に至った経緯」の代用とする趣旨であったことは明らかであるところ、右メモ自体は、堀米が被告に対し原告の倒産理由を説明するために作成したものであり、その内容も、そもそも債権者に認識してもらうことを予定しており、原告及び堀米にとって、不利益な内容を含むものではなく、したがって、作成の目的とおよそ相違する形で利用されたわけでもないから、右メモの無断発送の事実が直ちに本件委任契約の解除についての被告の責めに帰すべき事由になるとは認め難い(なお、《証拠省略》によると、そもそも、原告が右メモの発送の事実を知ったのは、本件委任契約の解除の意思表示をした後であることが認められるから、右事実が解除の理由になっていたとは認められない。)。

2  以上を総合すると、被告による委任事務の遂行には、堀米の了解を求める努力を十分にせず、その意思を無視し、あるいは独断で処理し、その結果、堀米に不信感を生じさせたという面があり、その意味で、適切さを欠く点があったことは否定することができないけれども、当時、堀米に発声不能という障害があり、意思疎通の容易でない状態にあったこと等にかんがみると、全体としては、原告を整理して清算するという本件委任契約の趣旨に沿った履行がされていたものというべきであって、その委任事務の遂行が、受任者の注意義務に違反するようなものであったということができないから、本件委任契約は被告の責めに帰すべからざる事由により終了したものと認めるほかはない。

五  ところで、《証拠省略》によれば、第二東京弁護士会の報酬会規五条は、依頼者が弁護士の責めに帰すことのできない事由で弁護士を解任したときは、弁護士は、その弁護士報酬の全額を請求することができる旨規定していることが認められるが、右報酬会規は、同弁護士会所属の弁護士の依頼を当然に拘束するものではなく、原被告間で、右報酬会規の約定に従う旨の合意があったことを認めるに足りる証拠もない本件においては、右報酬会規に基づき被告が本件委任契約の報酬の全額を請求することができる旨の被告の主張は、直ちに採用することができない。しかし、委任が受任者の責めに帰すべからざる事由により終了したときは、受任者は、既に履行した割合に応じて報酬を請求することができる(民法六四八条三項)。

そこで、被告が既に履行した割合に応じた報酬の額について検討するに、被告が昭和六一年八月一日に受任してから同月一八日に解任されるまでの間の日数は一八日間にすぎないが、その間、前示三のとおり、被告が一応委任の趣旨に沿った履行をし、第一回目の債権者会議を大きな混乱もなく終了させたこと、《証拠省略》によれば、もともと、原告と被告との間の報酬の約定は三〇〇万円であり、着手金を除く残金一五〇万円は、任意整理終了後に支払われる予定であったと認められること、前掲第二東京弁護士会の報酬会規及び原告の資産規模によると、右約定の三〇〇万円は本件における任意整理の約定報酬として必ずしも不当に高額であるとは認められないこと、一般に、任意整理においては、初期の段階の事務処理が大切であり困難も格別に大きいこと等の事情を考慮すると、本件における被告の履行した割合に応じた報酬請求権としては、既に授受された着手金一五〇万円をもって相当と認められる。したがって、被告は、原告に対し、右着手金を精算して返還する義務はないというべきである。

六  よって、原告の被告に対する請求並びに参加人の原告及び被告に対する各請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山正明 裁判官 千葉勝美 清水響)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例